INTERVIEW
龍谷大学宗教部 職員
安食 真城さん
龍谷大学社会学部4年
野村 碧海 さん
松澤 ひかり さん
龍谷大学は、深草(京都市伏見区)・瀬田(滋賀県大津市)・大宮(京都市下京区)の3つのキャンパスに約2万人の学生が学ぶ総合大学。その歴史は1639年に西本願寺に設けられた僧侶養成・教育機関「学寮」に始まり、2039年に創立400周年を迎える。
誰もが自分らしく安心して
過ごせる大学や社会に。
龍谷大学の学生と教職員が
連携した取り組みとは(後編)
浄土真宗の教えを建学の精神とする、龍谷大学(本部・京都市伏見区)。仏教の思想に根ざした「仏教SDGs」を掲げ、その一環としてジェンダーやセクシュアリティに関する偏見や生きづらさの解消に、学生と教職員が連携して取り組んでいます。インタビュー後編では、映画イベントへの期待や、取り組みの先に実現したいことなどを、職員の安食真城(あんじき・しんじょう)さんと学生に語っていただきました。
前編はこちら
映画『ブルーボーイ事件』
胸に響いた登場人物たちの言葉、生き方
11月に龍谷大学で行われる上映イベントに先駆けて、皆さんも映画『ブルーボーイ事件』をご覧になったそうですが、印象的だった場面など教えてください。
野村ラストに近い法廷のシーンで、主人公のサチが発した「私は男でも女でもどちらでもなく、私は私です」という言葉が胸に響きました。社会が決めた枠組みにとらわれることなく自分は自分なんだ、って誰もが思える世の中であってほしいし、私も相手をそんなふうに見られる人でありたい。自分自身の強い意思を持って生きることの尊さや、多様性を理解し合う大切さを、映画を観て改めて感じました。
松澤サチが、過去にゲイバーで一緒に働いていたアー子に再会して「アー子、変わらないね」って声をかけるシーンがあって。別の場面では、メイという登場人物もアー子に対して「あんた変わらないわね」って吐き捨てるように言うんです。肯定と否定の2つの意味での「変わらないね」なんですが、サチやメイにとっては、アー子の性別は全然重要なことじゃなくて、その人の本質を見て言葉を交わしている様子がすごく印象的でした。人として向き合う、そういう人間関係がすごくいいな、と。
安食この映画は1960年代の日本で実際に起きた事件が題材になっていて、私は40年以上前に高校の授業で少し聞いた記憶があり、ブルーボーイ事件という名前は知っていたんです。けれど映画を観て、私はこの事件のことをずいぶん勘違いして覚えていたんだなと気づかされました。事件の当時はまだLGBTという言葉もなかったと思いますが、一人ひとりの生き方を大切にしようと尽力する人たちがいた。一方で、心ない誹謗や差別も公然とあって。そういう時代には後戻りしたくないですし、人と人がお互いを尊敬し合える社会への一助に、この映画がなればと願います。
作品に込められたメッセージ
より良い社会へ。一人ひとりが考え、踏み出すきっかけに
上映イベントに参加する人や、これから映画を観る人にどんなことを伝えたいですか。
松澤LGBTQ+の当事者がさまざまな場面で生きづらさに直面する状況は今なおあって、それを変えていくには、これからの未来を作っていく若者の力が必要になると私は思っています。若い世代の間では多様な生き方や性のあり方がどんどん認められてきていると実感しますが、多様性を良しとせず、差別的な目で見たり悪口を言ったりする人がいるのも事実で…。上映イベントに参加する同世代の学生に私が伝えたいのは、勇気を出して発言や行動をしてほしいということです。その勇気が誰かの助けになるかもしれないし、これからの社会を変える一歩になるかもしれない。映画を観て考えるきっかけにしたり、力を得たりして、行動につなげてほしいなと思います。
©2025「ブルーボーイ事件」製作委員会
野村この映画では、性別や制度といった社会が決めた枠組みによって生きづらさを感じている方達が描かれていたと思うんです。幸せの形は人それぞれ違うものだから、そのことをみんなが理解して多様性を認め合える社会になればいいなと心から願いますし、これから観る人にとって、この映画がそうした気づきの機会になってほしいです。「男だからこうあるべき」とか「女の子なら女の子らしく」といった固定概念は今でも根強くあると感じていて、みんながちょっとずつでも意識して変えていくことができれば、社会もきっと変化していくはず。自分とは違う生き方をする人の声にもきちんと耳を傾けて、理解しようとする姿勢がすごく大事になると思います。
©2025「ブルーボーイ事件」製作委員会
安食LGBTQ+や性の多様性に関心を向ける人が、若い世代に増えていることを私も感じますね。その一方で、全く関心がないという人もいて、それでも映画を観て何かしら心に届くものはあると思うんです。すぐには変化につながらなくても、映画を観て感じたことや考えたことが心のどこかに残っていれば、何かの機会に行動に表せるんじゃないでしょうか。「多様性」という言葉に対して、聞き飽きたよ、とか、行き過ぎじゃないか、と感じている人もいるかもしれません。だけど人間って本来、一人残らず誰もが多様な存在であり、全ての人に関わりのあることなんですよね。それをもう一度、思い出す機会にしてほしいですね。
10年での変化
情報が広がる一方で、悩みが深化した側面も
取り組みを続けてきたこの10年で、感じる変化や手応えはありますか。
安食龍谷大学の取り組みが徐々に認知されてきていることを、学外のイベントに出たときに特に実感します。「Tokyo Pride」に本学が初めてブースを出展したのは2019年ですが、「関西にある大学がなぜわざわざ東京のプライドにブースを出すの?」「仏教系の大学がどういう理由で?」などいろいろな質問をされました。それに答えるために「龍谷大学にも当事者の人がたくさんいて、取り組みが大事だと考えているんですよ」と、背景を説明する必要があったんですね。それが、回を追うごとにほかの大学の参加も増え、出展経験者としてアドバイスを求められる機会も出てきて、取り組む理由を問われることもなくなりました。現在ではどの大学もLGBTQ+やSOGI※に関する対応や姿勢をホームページに必ずといっていいほど掲載していて、かなり大きな変化だと感じます。
野村今年の「Tokyo Pride 2025」にも複数の大学が出展していましたが、関西の大学からの出展は私たち龍谷大学だけでしたね。でも今は「なぜ関西から?」と聞かれることはもうなくて、「ああ!龍大さんのブースね」「今年はどんなことをするの?」といろんな人が話しかけてくれて。安食さんや先輩たちのこれまでの積み重ねを実感しました。
安食この10年での変化で付け加えると、ジェンダーやセクシュアリティに関する悩みごとの内容も少し変わってきたかもしれません。10年前はLGBTの言葉が知られ始めた頃で、大学に入学して同じような悩みを持つ仲間がいると知って、自分もそうだったんだと初めて理解する、そういう人も多かったと思うんです。でも今はインターネットなどでいくらでも情報を得られて、関連する本も多くあり、状況は大きく違います。自分自身がLGBTQ+の当事者であると知った上で、じゃあ私はどう生きていくのか?という一段深いところで考え込み、悩む人が増えている印象です。本当の悩みが見えにくくなってきた、とも言えるかもしれません。ですからこの活動は10年で区切りがつくものではなく、これからもアップデートしながら息長く取り組む必要があると考えています。
松澤悩みが見えにくくなっているという安食さんの今のお話に、ハッとしました。私はLGBTQ+の当事者の方々も安心して大学生活を送れるように願って活動をしていますが、当事者が抱えている大学生活での困りごとや人間関係の悩みが、必ずしもジェンダーやセクシュアリティに起因するものとは限らないと思うんです。全部が全部、支援するべきものなのか、自分の活動が本当にみんなのためになっているのか、考えてしまうこともあって。安食さんのお話を聞いて、当事者の方の悩みや願いも人それぞれ違うのだし、周りからは見えない思いもあるし、私自身もそんなふうに悩みながら活動していっていいんだと、気持ちが少し楽になりました。
学内に設置された書籍コーナー
安食私たちだって全てを知っているわけでは決してないので、学びながら、考えながら、進んでいきたいですね。プライドイベントへの出展も、初めは「龍谷大学の取り組みを知ってもらおう」という気持ちでいましたが、むしろ私たちがほかの出展者や来場者の皆さんから教えてもらう場だと気づきました。日々の取り組みも、支援する・されるといった関係ではなく、寄り添って一緒に歩む、教えてもらいながら共に学んでいく、そういうスタンスの方が長く続けていけると感じています。
※SOGI・・・性的指向・性自認(Sexual Orientation and Gender Identity)の頭文字をとった言葉。LGBTQ+が性的マイノリティをあらわすのに対し、SOGIはすべての人が持っている性のあり方をあらわす。
次代を担う若者たちの力
社会の一歩先を進み、種をまき続ける
ご自身が活動の先に目指すものや、描く未来を教えてください。
野村「Tokyo Pride」で来場者の方々とお話したときに、「東京は性の多様性に対する意識が浸透していて、ほかの地域に住むよりも本当の自分でいられる」と話してくれた方がいて印象に残っています。龍谷大学は10年前からジェンダー平等に向けた活動を続けていて、この先もさらに環境整備が進めば、「龍谷大学なら本当の自分でいられる」と感じる学生もきっと増えるはず。そのためにも、もっと相談しやすい雰囲気づくりができたらいいなと思います。
安食本当にそうですね。全ての学生が「自分らしくいられる」と思える大学であるために、職員として引き続き力を尽くしたいと思います。LGBTQ+の当事者の方々は大学選びの段階から、各大学の取り組みや環境の整備に関心を寄せて調べていると聞きます。実際に私もある学生さんから「調べた上で龍谷大学に来ました。龍谷大学を選んで良かった」と言ってもらえたことがあり、感激すると同時に、身の引き締まる思いがしました。
松澤参加した各地のプライドイベントでは、出会った人の数だけ生き方や考え方があり、自分らしさというのも一人ひとり違うんだとすごく感じました。ジェンダーやセクシュアリティ以外にも、世の中にはいろんな枠や区別のようなものがあって、でもそれに縛られたくない、自分は自分なんだ、という思いを持つ人は多いと思うんです。生き方も考え方も人それぞれ違うのだから、誰もが自分の気持ちに疑いを持つことなく、ありのままに生きていける社会であってほしいと改めて思います。
安食大学には、10代20代の若者を中心に、各国からの留学生や、障害のある人など、さまざまなバックボーンを持つ人たちが集まっています。そして、これからの社会をつくる人たちが学ぶ場所だからこそ、大学というのは、社会より常にちょっと前に進んでおく必要があると私は考えています。後から追いかけるのではなく、社会の一歩先を行くことが私たちの使命だと胸に刻んで、挑戦を続けたいですね。
誰もが自分らしく安心して過ごしていくために、企業や社会に期待することは何ですか。
松澤「Tokyo Pride」で、来場者に日頃の愚痴や鬱憤を紙に書いてもらう「グチコレ」という企画をブースで実施したのですが、職場に関する愚痴も結構あったんです。もっと自由にさせてほしいとか、制度が不十分、などの内容ですね。企業での取り組みがもっと進んで、例えば同性パートナーも法律婚と同等に扱う、といった当事者にとってプラスな社内制度が増えると、より働きやすい環境になるのかなと思います。
野村PRIDE指標※のような目に見える評価指標は、企業の姿勢や取り組みが分かりやすくて、会社選びをする学生にとっても大事な情報だと思います。ゴールドやシルバーを受賞している企業は、取り組みがしっかり行われているんだなと判断できますし、働く立場になったときも、当事者だけでなく誰にとっても働きやすい環境なのかな、と。目に見えるものが全てではないですが、そうした指標は一つの安心材料になると感じます。
宗教部の職員といっしょに
安食社会全体で多様性への理解が進んできた一方で、バックラッシュ(揺り戻し)ともいえるLGBTQ+当事者への攻撃的な言葉もSNSなどで目にします。ですが、そうした反発の声が上がること自体が、この問題がしっかりと取り組むべき重要なテーマである証だと思うんです。大したことじゃなければ、反発も出ないわけですから。龍谷大学として、これからも企業や地域とも連携しながら、皆で種をまくように取り組みを続けたいですね。そして、学生の皆さんが社会へと巣立っていくことで、あちこちに芽が出て花が咲く、そんなふうにつながっていくといいなと思います。二人のこれからにも期待しています。
野村・松澤はい!つなげていきたいです。
※PRIDE指標・・・LGBTQ+に関する企業の取り組みの評価指標
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EVENT INFORMATION

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参加費無料
映画公開直前!
「ブルーボーイ事件」特別試写会&
スペシャルトーク
―男でも女でもなく、私は私です―
トークセッション登壇者
監督の飯塚花笑さん、主演の中川未悠さんと、長年トランスジェンダーのコミュニティと関わり、複数の大学でセクシャリティに関する授業を担当する西田彩さん(龍谷大学卒)とのトークセッションを開催します。
共同主催
龍谷大学、株式会社ワールド・コラボ・ジャパン
協力
日活株式会社
問い合わせ先
龍谷大学 エヌスソーシャルビジネス
リサーチセンター
【ysbrc@ad.ryukoku.co.jp】
クリエイティブコラボは、コラボレーショの力で新しいサービスや価値を創造していきます。
日本文化を次世代に継承するプロジェクトや、メタバース・NFTを活用した地域活性、アートと教育など、さまざまな企画を進行中。
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