INTERVIEW

写真集食堂めぐたま 店主おかど めぐみこ 飯沢 耕太郎 ときたま

「写真集食堂めぐたま」は2014年2月オープン。料理人のおかどめぐみこさん、写真評論家・詩人の飯沢耕太郎さん、飯沢さんのパートナーでアーティストのときたまさんの3人が、それぞれの得意分野を活かして運営している。

写真集を通して
コミュニケーションが広がり
お腹も心も満たす、
唯一無二の“遊び場”

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恵比寿の駒沢通り沿いに店を構える「写真集食堂めぐたま」。店内の本棚に並ぶ5000冊以上の写真集を自由に閲覧しながら食事を楽しめ、国内外から写真好きが訪れる隠れた名所です。「写真集×食堂」というユニークなコンセプトが生まれたきっかけや、オープンからの10年の歩みについて、運営に携わるおかどめぐみこさん、飯沢耕太郎さん、ときたまさんにお話を聞きました。

「めぐたま」オープンの経緯

それぞれの「やりたいこと」を重ね合わせ生まれた食堂

「写真集×食堂」というユニークなコンセプトで2014年にオープンした経緯を教えてください。

ときたま私たち3人がそれぞれやりたいと思っていたことを、一つに合わせたのがこのお店なんです。

おかど私は当時、2012年まで上野で営んだ「上野広小路 めぐり」というごはん屋を閉めて、ケータリングなどを手がけながら、お店をまた持つのもいいかなぁと思っていたんです。

飯沢僕は写真評論家という仕事柄、蒐集してきた膨大な数の写真集が自宅にあり、棚に収まりきらず雪崩を起こしている状態で。自分で見るだけではもったいないと以前から感じていて、いろんな人に見てもらえる場があればいいなとぼんやりと思っていたんです。図書館のような堅苦しい空間ではなく、人としゃべったりワインを飲んだりしながら、写真集を通じてコミュニケーションが深まるような場が作れたらと。

左からおかどさん、飯沢さん、ときたまさん

ときたま私とおかどさんはその当時、10年来の友人同士で、一緒に企画したイベントを上野のお店で折々に開いていました。おかどさんがお店を畳んでからも場所を借りてイベントを開いていたけど、継続するのはなかなか難しい。そんな時ちょうど、私の実家の敷地内で老朽化した倉庫を建て直す話が出て。それがこの場所です。この機会に3人のやりたかったことを持ち寄った場所を作ろうと話が進んでいきました。

おかど飯沢さんの写真集、私が作る料理、ときたまさんが手がけるイベント。この3本の柱でコラボしてお店をやろうと。2013年のお正月頃に最初にアイデアが浮かんで、そこから1年をかけて、どんな建物にするのかから3人で意見を出し合って準備を進めました。

ときたま設計は建築家の村井正さんにお願いし、村井さんが考案したエアロハウスという工法を取り入れています。箱型の構造なので柱のない広い空間を作れること、その構造を活かして費用を抑えながら壁一面を丈夫な本棚にできることが決め手でした。

飯沢内装は、昔からの知り合いであるデザイナーの橋本夕紀夫さんです。彼から「飯沢さん、床に絵を描いてよ」と言われて、床全面に白いペンキで1日半かけて描き上げました。ここまで大きな絵を描いたことは一度もなかったけど、「なんとかなる」と妙に自信があってね。実際になんとかなりました(笑)。普段とらない体勢を続けて足腰はパンパンでしたけど。「生命の樹」が床絵のタイトルです。

「めぐたま」の写真集

多くの人の手に触れて1冊1冊が味わいを増す

5000冊の写真集が壁を埋め尽くす光景は壮観です。写真集の並べ方に工夫はありますか。

飯沢年代順とか作家の50音順とか、決まった法則できっちりと並べたくはなかった。それだと図書館みたいになるでしょう。おおざっぱに古い時代から新しい時代へと、大きな流れに沿って作家別に並べてあって、これは僕の頭の中にある「この人の隣はこの人」という相関図を反映したものです。ほかに、ネイチャーフォトや震災関連といったジャンルでまとめた棚もあります。

おかどお店を始めるとき、飲食をしながらだと写真集が汚れてしまわないかと心配される方もいました。私は心配していませんでしたけどね(笑)。そしたら飯沢さんは「僕だってときどきものをこぼすし、それも写真集の味だ」と。いざオープンしてみて、写真集を雑に扱うような方はいらっしゃらないですね。

飯沢そう。その点はきっと大丈夫だと確信してました。写真集を好きでここを訪れる人なら丁寧に扱ってくれるだろうと。だから閲覧の細かいルールは一切設けず、自由に見てもらうスタイルにしています。たくさんの人が手に取るのでおのずと汚れたり角が傷んだりはするけど、修繕するのも僕の役目、結構楽しいんです。

ときたま写真集をメンテナンスしているときは本当に楽しそう。そうやっていろんな人の手に触れた写真集の方が、かっこいいし価値があるというのが飯沢さんの考え方。確かに、写真を撮った人も本の出版に関わった人も、多くの人に見てほしいという思いで作っているはずで、きっと本望だよね。

飯沢海外からも毎日のように多くの人が訪れてくれて、それは予想以上でした。日本の写真集はクオリティの高さで海外にも知られていて、「これを見たい」と目当ての作品があって来る人も多いですね。

ときたま言語を超えて伝える力は、写真集ならではの魅力。短い時間でも気軽にぱらぱらとめくりながら違う気分を味わえます。それに写真集には世の中にある千差万別のものが写っていて、誰でも「私これ好き」というのが見つかりやすい。

おかど皆さんが思い思いに写真集と向き合うので、その時間を尊重したくて店内に音楽は流していないんです。ここにある本はすべて飯沢さんが研究や執筆のために使い込んできたもので、たくさんの人も手に取るから、1冊1冊に力があるし温度もある。それが空間の心地よさにつながっている気がします。

飯沢写真集を一度に見渡せるこの空間があることは、僕の研究活動においても良い刺激になっています。以前なら、目的の1冊を家の中から探し出すだけで3日がかりでしたから(笑)。コレクションから662冊をセレクトして解説した本『写真集の本 明治〜2000年代までの日本の写真集662』(カンゼン)を2021年に出版し、日本の写真の歴史を改めてたどりなおすことができました。これも一望できる本棚ができたおかげです。

「めぐたま」の料理

「日本の普通のおうちごはん」が海外の人も魅了

「写真集食堂めぐたま」で出しているお料理について教えてください。

おかどコンセプトは「日本のおうちごはん」。なので和洋中もあればエスニックもあります。添加物は使わない、出汁を丁寧にとる、といった基本は貫きつつ、全体としては「こだわらない」ことがこだわり。当たり前のものを当たり前に、バランスよく食べてもらえたらと思っています。野菜は知り合いの生産者さんたちに頼んでいて、旬の野菜がいろんなところからいっせいに送られてくることも。それを手を替え品を替え料理するのが楽しいんです。毎晩のように「ただいま」と立ち寄ってくださる一人客の方も結構いらして、普段使いしてもらえるのがうれしいですね。

ときたま海外から訪れる人にとっても、日本の普通のおうちのごはんが食べられるというのは、すごく魅力だと思いますね。写真集も見られてごはんも食べられて、2倍お得!

おかど「日本で一番好きな場所」と言ってくださる人もいて。先日来られた方はコロナを挟んで5年ぶりの来日だったそうで、「このお店がまだあって良かった。ありがとう!」と言ってもらえて、涙が出そうでした。

「めぐたま」のイベント

テーマに関連した食事を楽しみながら、参加者が交流

定期的に開催されるイベントも「めぐたま」の柱の一つです。内容も多彩ですね。

ときたま一つは、写真集食堂という特色を活かした写真関連の催しです。飯沢さんによる「ポートフォリオ・レビュー」を毎月開催しているほか、写真家をゲストに招いた対談や、題材となる写真集を1冊決めて飯沢さんが話す「写真集を読む」というイベントもあります。

飯沢ゲストに来ていただく写真家の方から思いがけない話を聞けることもあり、僕自身も発見があって楽しいですね。

ときたまその会のテーマに合わせたおかどさんの料理が付くことが「めぐたま」のイベントの特徴です。例えばペルーの写真家がテーマの時にはペルー料理を出したり。年4回の落語の会では、落語を聞いたあと、おかどさんが作る江戸料理を落語家さんも一緒に味わいます。同じ食卓を囲むことでゲストとの距離が縮まり、参加者同士も会話が弾んで輪が広がる。講演だけを聞いて帰るより何倍も楽しいと好評です。

おかど江戸料理なら、江戸時代に書かれた料理本をひも解いて、季節に合わせたものを考えます。お題があると、がぜん燃えるタイプ(笑)。そして私が考えたレシピを元に、上野のときから何年も一緒にやっている気心の知れたスタッフたちが料理に仕上げてくれる。仲間に恵まれているとつくづく感じますね。

ときたまほかにもヨガやアート、サイエンスなどイベントのテーマはいろいろです。私が出会って「面白いな」と思った方に声をかけたり、おかどさんや飯沢さんからイベントのアイデアが出ることも。毎回、食と組み合わせることで、来ていただく方により楽しんでもらえるものにしたいと考えています。もちろんイベント企画の持ち込みも大歓迎!
コロナ禍ではイベントもなかなか開催できず、それを機にYouTubeで動画配信を始めました。めぐたまTVです。飯沢さんが写真集を解説する「写真集千夜一夜」のシリーズは40回を超えました。

飯沢海外の人も見てくれていて、面白い反応が返ってきています。コロナが生んだプラスの副産物ですね。動画もある程度の数がまとまってきて、資料としても役立ててもらえ得るので、作って良かったと思います。

ときたまおかどさんが培ってきたノウハウをいろんな人に知ってもらいたくて、料理YouTube「めぐたまキッチン」も80回配信。それをまとめた本『めぐたまキッチンレシピ集/食べる人も 作る人も元気になる おうちごはん万歳!』(写真集食堂めぐたま 550円)も自費出版しました。65のレシピが紹介されています。

おかど今までもお店で聞かれたらレシピは何でもお伝えしていたんです。食べるものが自分のからだをつくっていくから日々の食事は本当に大切。毎日食べても飽きのこない、体も心も元気になるようなおうちごはんを届けていきたいですね。

10年の歩みとこれから

何でもあり。誰でもどうぞ。この間口の広さが持ち味

2024年2月でオープンから10年です。皆さんが息を合わせて続けてこられた秘訣をぜひ教えてください。

ときたまこれは偶然の結果でもあるけれど「写真集」「おうちごはん」「イベント」という組み合わせがすごく良かったと思うんです。写真集は被写体もテーマも多種多様で、誰でも好みのものが見つかりやすい。おかどさんの作るおうちごはんも、こだわりがないことがこだわりの、毎日食べたくなるごはんです。そしてイベントもいろんなテーマで開いていて、そこから人の輪が広がっていく。3つとも「何でもあり」で「誰でもどうぞ」なんです。この間口の広さが続いてきた理由かなと。

飯沢最初の頃はイベントも試行錯誤があったけど、回を重ねるなかで次第に流れができ、無理なく続けられる形が整ったというのはありますね。写真集に関しては今、1冊1冊に連番入りの蔵書票を貼る作業を進めていて、2024年2月の10周年までには完了する予定です。この作業と並行して本の並べ方にももう少し手を入れて、棚全体をさらに改良したいですね。

おかど3人それぞれ性格も得意分野も違うからいいんだと思います。意見が分かれても話し合って進む方向を決められるし、仮にその方法がうまくいかなくても「じゃあ次はこうしてみようか」と前向きに議論ができる。だから楽しいし、何をするにもスピードが速いんです。皆さん「あれやりたい」「こうしたい」と口にはするものの、なかなか行動までは至らない。そんなとき私とときたまさんが“実現化委員会”と称して、「やるなら今でしょ!」と背中を押すんです。実現に向けた5W1Hをすぐに決めて、本人もびっくりしている間に、動き出させちゃう。

ときたま自分のことでも人のことでも、思い描いているものを形にするのが基本的に好きなんですよね。一人の活動だと話し合って方向を決めていく面倒さはないけど、できることも限られてくる。3人ともキャラが違うから仲良くなれる人も違っていて、だから人のつながりに広がりが出るんだと思います。あと、私たちがうまくいっているのは完璧を目指していないからかもしれない。

おかどそうね。私が作る江戸時代の料理も奈良時代の料理も、要はなんちゃってです。実物を食べたことはないし研究者でもないんだから、おいしければそれでいい。飯沢さんもときたまさんも、例えば本を出す際も「今の時点で一生懸命やった結果だからこれでいい」というスタンスで、完璧にはこだわらない。それも一緒にコラボしていて楽な理由ですね。

飯沢「めぐたま」という場がこれだけ定着しているので、ここをベースにして、これからもそれぞれの関心のあるテーマで本を作るとか、写真家が写真集を出すときにトークの場に利用していただくとか、いろいろなことができそうです。先々のプランを立てるというよりも、そのときに一番面白そうだと感じることをフォローしていけばいいんじゃないかな。

おかどこれからも変わらず「何でもあり」「誰でもどうぞ」のスタイルで続けたいですね。写真集とごはんとイベントを通して、皆さんが世界の人とつながって仲良くなれる。そんな遊び場を、私たち自身も楽しみながら提供していきたいと思います。

写真集食堂めぐたま

東京都渋谷区東3-2-7
12:00~22:00(ラストオーダー21:00)
定休日:月・祝

クリエイティブコラボは、コラボレーショの力で新しいサービスや価値を創造していきます。
日本文化を次世代に継承するプロジェクトや、メタバース・NFTを活用した地域活性、アートと教育など、さまざまな企画を進行中。
一緒にコラボしたいクリエイター、企業の方、ぜひお気軽にエントリー&お問い合わせください。