INTERVIEW

プロダクションデザイナー 中西 梨花

兵庫県神戸市出身。米カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)映像学部を卒業後、美術デザイナーのトム・ブラウン氏に師事し、音楽番組のアートディレクションでデビュー。現在はLAを拠点に映画、テレビドラマ、CMなどのプロダクションデザイナーとして活動している。

異質なもの同士の出会いや
予期せぬハプニングから
生まれる化学反応が、
作品をより豊かに面白くする

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米国LAを拠点に活動するプロダクションデザイナー(美術監督)の中西梨花さん。これまでアートディレクターとして映画『ウルバリン』などの大作に携わり、近年は米ワーナー・ブラザースのドラマ『NAOMI』やNetflix『全裸監督』において、美術責任者であるプロダクションデザイナーを務めています。日本ではあまり知られていないプロダクションデザイナーの役割や、新たに日本で展開中のアーティスト支援の取り組みについてお話を聞きました。

LA留学が転機に

映画とアートへの関心を重ね合わせ、映像美術の道へ

神戸で過ごした子ども時代から、映画は身近な存在でした。服飾デザインの本業の傍ら雑誌に映画コラムを書いていた父の影響で、小学校高学年ごろから映画を見ることが大好きに。学校の集団生活が苦手だった私にとって、映画に没頭している時間は、窮屈な現実を忘れられるひとときでもあったんです。その時点では自分が将来映画に関わる仕事を、しかもハリウッドですることになるとは想像もしていませんでした。

好きなアートを学ぼうとアメリカの大学に留学したことが、今につながる転機になりました。住んでいたLAでは街のあちこちで日常的に映画撮影が行われていて、映画制作への関心が芽生えました。現場の手伝いなどをするうちに、映画に関わるさまざまな仕事の中に美術があることを知ったんです。その後、編入したUCLAで映像を専攻し、卒業後はプロダクションデザイナーのトム・ブラウンにアシスタントとして付き、現場で一から美術の仕事を学んでいきました。

師匠のトムはアフリカ系アメリカ人で、HIP HOP関連の仕事を中心に手掛けていました。当時1990年代後半はHIP HOPシーンが今ほどメジャーではなく、東海岸と西海岸のアーティストの抗争や銃撃事件も起きていた時代。番組の撮影現場の入り口にはゲート型の金属探知機があって、毎回所持品をチェックされたのを思い出します。LAでも特に危険な地域として知られるコンプトンで撮影した際は、行き帰りに車が信号で止まるたび早く青にならないかとハラハラしました。

ブラックミュージックはもともと好きでよく聴いていたんですが、HIP HOPの仕事からキャリアをスタートすることになったのは、狙ったわけではなく偶然ですね。ただテイスト的にはとても合っていたようで、私が作るものをトムは高く評価してくれて、ブラックの人たちにも受けが良かった。のちに私がアートディレクターとしてデビューしたのもHIP HOPアーティストの番組でした。

プロダクションデザイナーとは

映画全体の美術プランを作り上げる指揮者の役割

その後、CMや映画にも活動の場を広げ、アートディレクターとして映画『ロスト・イン・トランスレーション』や『バベル』の制作に参加。現在は、美術部門の総責任者にあたるプロダクションデザイナーの立場でドラマや映画の制作に携わっています。日本ではプロダクションデザイナーとアートディレクターをひとくくりにして「美術監督」と呼ぶことが多いのですが、アメリカでは両者の役割は分かれています。

プロダクションデザイナーの仕事は、たとえるならオーケストラの指揮者のようなもの。アートディレクターとともに全体の美術プランを作り上げ、大道具、小道具、装飾、CGといったイメージに関わる各チームに指示を出し、作品の世界観をかたちにしながら、スケジュールや予算に沿って進むよう采配します。監督やプロデューサー、脚本家と交渉をしたり、予算組みに関わったり、ときには政治的な場に絡むことも。美術の責任者ではあるものの、実際に手を動かして何かをデザインする場面はほとんどないんです。

CMの撮影現場

プロダクションデザイナーとして良い仕事をするために何より重要なのは、アートディレクターや各部署のヘッドにいかに優秀な人を集められるか。人選びが仕事の3割を占めるほど比重は大きいですね。SF作品であればSFに強い装飾のかた、年代物であればその時代に通じた小道具のかたなど、各分野に強いプロフェッショナルをリサーチし、気になった人を私がインタビューして選びます。

ここで難しいのは、経験が長ければ長いほど良い、とは限らないということ。例えばSFをこれまで手掛けたことがない装飾担当者であっても、逆に先入観や固定概念がないことで、従来とは違う視点や発想から面白いものが生まれるかもしれない。そうした化学反応を期待して、あえてそのジャンルの経験がない人を選ぶこともあります。

Netflix作品に参加

独自のスパイスや新しさを加えて80年代を表現

異なる視点や経験が、ときに面白い化学反応を生む。この一つの例が、私が美術チームの責任者として参加したNetflixの『全裸監督』です。このドラマはNetflixの日本発実写オリジナル作品第1号で、世界160カ国に配信されることが決まっていました。ドラマの舞台である1980年代の日本をそのままリアルに再現しても面白くなくて、おそらく世界各国の視聴者に響くものにはなりにくい。違う目線で80年代を表現してほしいというプロデューサーの考えから、普段アメリカで活動する私に声をかけていただきました。

ビジュアルイメージを作り上げる上で意識したのは、目立つところに80年代のにおいがするものを配置しつつ、スパイスとして新しい要素もアクセントで入れることです。その結果、全体的に80年代のレトロさを漂わせながらも、デザインや色使いにどこか日本ではない雰囲気を感じさせる絵作りができ、完成した作品は日本だけでなくアジア全域で人気を博しました。

アメリカと日本の制作現場を両方経験してきて、「計画の変更」に対する考え方が根本的に違うことを実感します。日本では最初に決めたスケジュールやプラン通りに進むことを良しとするのに対し、アメリカでは計画は途中で変わって当たり前。ずっと前から決まっていたことが監督の意向によって当日変更になることもざらにあります。そうした急な変更に対して、間に合わせるための予算増をプロデューサーに掛け合うこともプロダクションデザイナーの仕事です。アメリカで長く仕事をしてきて、あらゆる変化や突発的なハプニングに柔軟に対応できる体質になっている気がしますね。

米ワーナー・ブラザースのドラマ
「Naomi」の撮影現場

そして毎回、完成した作品を試写や映画館で見たときの感慨は格別ですね。その時点ですでに撮影終了から半年ほどが経過し、私のプロダクションデザイナーとしての役割は終えているわけですが、完成した映像を見て初めて一つの仕事が完了した実感が得られます。その喜びや達成感が、また次へと進む力になる。映画制作に関わる皆が共有する気持ちではないかと思います。

米国アートディレクターズギルド(ADG)の毎年行われるアワードでは、
ビヨンセのミュージカル映画「BLACK IS KING」で最優秀デザイン賞を受賞。
日本人では中西さんが初の受賞となった。

アーティスト・イン・レジデンス
「by Jerry」

世界のアーティストに日本での制作活動の場を提供

ハリウッドでは2023年現在、脚本家や俳優のストライキが長期化しています。映画の仕事が当面の間できない状況の中で、日本に帰国中の私がいま力を入れているのが、世界のアーティストたちに日本での制作活動の場を提供する取り組みです。千葉県内の古民家をリノベーションし、アーティスト・イン・レジデンス「by Jerry」をオープン。ここにアーティストを招き、8週間の滞在期間を通して作品制作に打ち込んでもらいます。

アーティスト・イン・レジデンスの近くにはサーフィンが楽しめる海も

私自身も絵を描くことが好きで、中でもポップアートやストリートアート、グラフィティアートに心ひかれてきました。従来のアートレジデンシープログラムでは、これらの比較的新しいアートジャンルは対象になりにくく、普段あまりスポットライトが当たらない現状を変えたいという思いが以前からありました。第1期のアーティスト2名を2023年6月に迎え、期間の終わりにはレジデンス滞在中に制作した作品を展示販売するイベントを原宿で開催。8月からはウクライナとイスラエルのアーティストが滞在し制作に取り組んでいます。

世界各国のアーティストから滞在の申し込みがある中で、応募書類や作品に一つひとつ目を通し、本人とオンラインでインタビューをした上で選考します。時間も手間もかかるプロセスですが、プロダクションデザイナーとして、作品ごとにさまざまな国籍や人種、経歴のスタッフをインタビューして選ぶことに慣れているので、得意分野が活かせていると感じます。実際に始めてみて気づきました。

アーティスト支援のその先へ

NFT化やキャラクターライセンス事業につなげ、持続可能な活動に

こうしたレジデンシープログラムは一般的に、NPO団体を設立したりスポンサーを募ったりして始めるケースが多いと思います。「by Jerry」は私自身のやりたいという思いから始まっているので、現時点では完全に個人運営で、費用の面で厳しさもあるのが実情です。今後、アーティストが描くキャラクターのライセンス事業や、作品のNFT化などにも取り組みを広げ、活動の中で運営費を生み出す仕組みを作りたいと考えています。

この先、ハリウッドのストライキが明けて映画制作が再開した際に、私がLAに拠点を置きながら、千葉のレジデンスをどう運営していくかも課題ですね。インタビューやミーティングは遠隔でできるとして、レジデンスの管理や作品展示イベントの開催など、その場にいなくては対応できない業務も多くあります。「by Jerry」をチームで運営する体制をなるべく早く固め、私が日本を離れた後もうまく回る状態を整えることが目下の目標です。

「by Jerry」での滞在を希望するアーティストの多くが、応募理由として「日本のカルチャーに興味がある」「新しい刺激を受けて次のレベルに行きたい」と語ります。違う環境に身を置き、日本の文化や空気に触れて多くを吸収する中で、アーティスト自身が今まで築いてきた表現のスタイルに新たな要素が加わり、作品づくりに反映されていく。そうした化学反応が作品をより豊かに面白くするのは、映画もアートも同じですね。そのための場を提供できることに楽しさを感じています。「by Jerry」をこの先も継続的に運営できるようなエコシステムを作り上げて、たくさんの化学反応をこの目で見たいと思っています。

アーティスト・イン・レジデンスの展示会、オープニングナイト

クリエイティブコラボは、コラボレーショの力で新しいサービスや価値を創造していきます。
日本文化を次世代に継承するプロジェクトや、メタバース・NFTを活用した地域活性、アートと教育など、さまざまな企画を進行中。
一緒にコラボしたいクリエイター、企業の方、ぜひお気軽にエントリー&お問い合わせください。