INTERVIEW

美術家 力石 咲

1982年埼玉県生まれ。2004年多摩美術大学美術学部情報デザイン学科卒業。編み、ほどく行為によって変容し循環し続ける繊維素材に関心を寄せ、人やもの、世界の始まりやその変移などと結びつけながら制作を行う。近年の展示に「アーティスト・イン・ミュージアム AiM Vol.13 力石咲」(岐阜県美術館、2023年)「開館25周年記念 全館コレクション展『これらの時間についての夢』」(宇都宮美術館、2022年)など。

力石咲滞在制作・展示「ファイバー! サバイバー! ここにある術」
(東京都渋谷公園通りギャラリー、2023年)展示会場にて

力石咲滞在制作・展示「ファイバー! サバイバー! ここにある術」
(東京都渋谷公園通りギャラリー、2023年)展示会場にて

地球上に漂っている糸を編み
世界を構築する。
そしてほどき、
また新しい場をつくっていく

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私たちの生活にあふれている糸。その糸を編み、ほどき、ミクロ・マクロの視点で様々なアート作品を生み出す力石咲さん。東京都渋谷公園通りギャラリーで開催された滞在制作・展示「ファイバー!サバイバー!ここにある術」(2023年11月11日~12月24日)を訪れ、作品テーマに対する思いや編むことの原点などお話を聞きました。

作品テーマ

編むという技術で世界を生き延びる

この1年ほど、「どんな世界になっても編むという能力を使って生き延びる」というテーマで作品制作を行っています。糸と編むという技術を制作に取り入れるようになったのは20年前から。編み物をコミュニケーションのメディアとしてとらえ、木やベンチをニットでくるんだり、街に非日常の風景をもたらすような作品づくりをこれまで多くの方と一緒になって取り組んできました。

今のテーマへ変化するきっかけとなった一つは、コロナ禍で開催された奈良県奥大和エリアでの芸術祭です。他者との協働制作はできなくなってしまったけれど、私は編むという能力を有している。そこでそもそも編むという行為はなぜ生まれたのかという原点に立ち戻り、「山の中でこの能力を活用して一人で生き抜いていく」という仮説で作品をつくりました。展示場所の吉野山にある素材、吉野杉を使ってシェルターやスーツといった衣食住にまつわるものを制作しながら、縄文時代からある編むという技術のすごみを再確認したのです。

もう一つが、2022年に目にしたウクライナ侵攻に関するニュースです。現地の女性たちが身のまわりにあった布を裂いて編み、カモフラージュネットを作ったという姿に、今の時代においても究極の状況下ではこのようなプリミティブな行動に出るのだとすごく衝撃を受けたと同時に、大きな勇気をもらいました。自分は編むという技術を有している。そして繊維はそこら中に在る。自分の能力さえあればどんな環境下でも生き延びていけるんじゃないかと、本気で思っています。

繊維はそこら中に在る、というのは、糸に日々向き合う中で生まれた考えです。モノの見方がミクロになっていき、体の組織も繊維の集まり、木も繊維の集まり、といったふうに世界にあるものすべては繊維でできているという世界観を今はもっています。そして残糸問題。残糸というのは、服や生活用品をつくる際に発生してしまう余り糸のこと。何件かニット屋さんの倉庫を見学させてもらったことがあるのですが、本当におびただしい量の残糸があって。きっと世界中のニット屋さんの倉庫に日の目を見ない糸が眠っているのだろうなと想像しています。さらに自分自身もこれまでのプロジェクトを通して1トンもの糸を抱えているんです。毎回倉庫に入るたびに糸の圧を感じてびっくりしてしまって…。作品のためにこんなに糸を生み出してきてしまったことを反省もしています。糸はそこら中に在るどころか、有り余るほど在るんです。そうした思考が今のテーマのベースになっています。

力石咲滞在制作・展示「ファイバー! サバイバー! ここにある術」
(東京都渋谷公園通りギャラリー、2023年)展示風景

来場者との対話で生まれたもの

渋谷という街を象徴する《Apple Circulation》

東京都渋谷公園通りギャラリーでの滞在制作・展示では、毎日、自分のコンセプトや残糸問題を含めた環境問題、渋谷という街、地球史的な視点からの話などについて来場者の方とじっくりお話をしています。どちらの意見が正解というのもなく、哲学的というか答えのない対話をするのが心地よくて。会場には私が今テーマとしていることを少し拡張し、考えやアイデアを共有する場として「もしも世界が糸と自分だけになったら、どうやって生き延びますか」という問いを設け、来場者の方が付箋を残せるボードも用意しました。

実際に戦争が起き、災害が頻発し、環境問題も深刻な中、これからの世の中どうなるかわからない。ある日突然、ということもあります。そういったときにどうやって生き延びるかを考えることは杞憂ではないような気がしているので、不確定な未来をどうサバイブしていくか、妄想や空想や想像をする時間になればという思いもありました。ボードは来場者の方が書いてくださった付箋で埋め尽くされています。

滞在制作中は残糸の玉が会場一面に。
砂利や岩肌のようなグレー色。
天井から吊り下げた球体は、原子や素粒子といった世界を構成するものの動きを表現 力石咲滞在制作・展示「ファイバー! サバイバー! ここにある術」(東京都渋谷公園通りギャラリー、2023年)滞在制作風景 撮影:佐藤基

来場者の方との対話を通じて生まれた《Apple Circulation》は、渋谷という街に対する自分のスタンスを象徴する作品です。渋谷のメイン通りを眺め、眺められながらという環境下で日々制作する中、服も生活用品も常に最新を追い求め消費を促し、お金を払えばなんでも手に入るこの街で、私はそのような物が作られる裏側で存在する残糸を用いて自分でつくり、素材は循環するという、正反対の立ち位置にいると気づかされました。ちょうど同じ通り沿いに、この街を象徴しているようだなと私が思うブランドがあり、そのシンボルと対比させました。この作品を含め、最終日には展示作品をほどいて素材に戻していくのですが、そこまでが作品。ほどく様子を見てもらうことは編みものの技術的な特徴も見てもらえることですし、循環というその先に続く余韻のようなものも感じてもらえるのではないかと思っています。

力石咲滞在制作・展示「ファイバー! サバイバー! ここにある術」
(東京都渋谷公園通りギャラリー、2023年)展示風景

編み物との出会い

編むという行為がミクロとマクロの世界を行き来する

私と編み物との出会いは小学生のときです。母からマフラーの編み方を教わったのが最初で、そのときは特に面白味を感じず、編み地も幅が一律でなくやめてしまったんですが、もともと手芸は好きでした。大学3年の時、友人から帽子の編み方を教わったことがきっかけとなって、卒業制作では表面を糸で編んだ地球儀《ManGlobe》をつくりました。五大大陸に目がついていて、人が近づくと瞬きをするんです。世界の人と友達になりたい!というコンセプトの作品です。

その後は、糸と針さえあればどこでもできるという編み物の良いところを活かして、訪れた先々でそこにある物を編み包んで自分の痕跡を残していくという作品をつくったり。子供が生まれたときは、スーツケースと編み機が合体したマシンを制作しました。子連れで散歩する際にスーツケースをゴロゴロ引くだけで自然と作品ができあがる《旅するニットマシン》という作品です。

私にとって出産は世界がガラッと変わった瞬間で、社会と断絶されたような感覚になったんですね。つくりたいものはどんどんあふれてくるしアーティストとしての夢を諦めた訳では全くない。意地でも制作を続けるぞ、いう気持ちで子どもが2歳の時につくったのが《旅するニットマシン》です。クラウドファンディングで制作資金を募り、完成直後には子どもも一緒にロンドンに行き稼働しました。

ライフスタイルや社会状況に沿って生みだす作品は変わってきましたが、編み物をしていると、どんどんといろんな方向が気になってくるんです。今はミクロとマクロの世界を行き来していて、それはどこか世界を俯瞰しているような視点でもあって、すでに在る場所や他者というよりも、新たに自分でつくることや自分の内側に関心が向かっています。

個性的な洋服は自作。残糸を織り込んで
つくってもらったオリジナルの布からつくる

糸という素材を突き詰めて

残糸という資源で世界を創造する

編むという行為は、いろんな解釈をすることができますが、私にとっては人や場所を「つなぐ」というものから、不確実な社会情勢に直面した今は「生きる」というテーマになり、循環や変容といったワードも浮かびます。最近では、ミクロ的視点で言うと鉱物にとても興味があります。鉱物は結晶の集まりですが、編み目の一つひとつも言うなれば結晶のようなもの。鉱物と糸・編み物との親和性をどう作品として帰結していくか、コンセプト面をふくめ追求していきたいと考えています。建築にも興味があるので、ゆくゆくは街の一角の風景や建築物の柱、寺社の彫刻、レリーフなどをスキャンしてニットに置き換えてみたい。やはり場所や空間には心が惹かれますね。

力石咲滞在制作・展示「ファイバー! サバイバー! ここにある術」
(東京都渋谷公園通りギャラリー、2023年)展示風景

古来よりある糸は現代人の生活にも欠かせないもので、だからこそ膨大な量があり、しかも余っている。残糸は地球に眠っている新しい資源なのではという思いがあります。宇宙に漂うチリが集まり地球ができたように、地球上に漂っている糸を手繰り寄せて自分の手で編み、世界をつくっていく。そしてほどいてまた新しい場を構築する、そんなイメージがいつも頭の中にあります。

糸という素材を突き詰めていくことで、世界は何でできているのか、そんな視点で物事を見られるようになったかもしれません。今、私が感じているのは、自然物や人工物、自分と他者、生と死といった、よく二項対立されるようなものにも境目がないのではないかということ。どちらの意見が正解か不正解かではなく、答えがないものはないままでいいということに対する心地よさにも通じることです。すべての事象は変容し循環しながらつながっている。まるで編み物のように。そんな視座を得ているような気がします。

力石咲滞在制作・展示「ファイバー! サバイバー! ここにある術」
(東京都渋谷公園通りギャラリー、2023年)展示会場にて

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