INTERVIEW

燕食堂 シェフ 楢原 啓太

1974年広島県呉市生まれ。ミュージシャンを経て30歳を目前に料理の道へ。イタリアンやフレンチなどさまざまなジャンルの店で腕を磨いた後、34歳のときに「燕食堂」の前身となるカフェレストランのシェフに就任。2016年に古民家ビストロ「燕食堂」としてリニューアルオープン。

生きることは味わい深く、
幸せはあちこちにある。
食で、言葉で、それを
伝える料理人でありたい

  • #燕食堂
  • #料理
  • #音楽
  • #自然
  • #アート
  • #コラボレーション

東京・市ヶ谷のオフィスビルの谷間に、隠れ家のように佇むレストラン「燕食堂」。シェフの楢原啓太氏は、音楽活動に没頭した20代を経て料理人に転身した経歴の持ち主です。料理に手腕をふるう傍ら、クワを手に畑を開墾したり、ジャンルを超えたコラボレーションを楽しんだりと、枠にとらわれない多彩な活動を展開する楢原氏にお話を聞きました。

ミュージシャンから料理人へ

心から求めていたのは、
人間の原初的な関係性

僕が店主兼ヘッドシェフを務める「燕食堂」は、市ヶ谷の路地裏で昭和から歴史を重ねる木造一軒家をリノベーションし、2016年にオープンしたレストランです。「日本の食材を味わう古民家ビストロ」をコンセプトに、旧知の農家から届くオーガニック野菜をはじめ、作り手の顔が見える食材を使って季節感のある一皿に仕上げ、個性豊かな日本の地ワインとともに提供しています。

お店の建物は評論家の故山本七平氏の旧宅

料理人になる前、20代はずっと音楽に打ち込んでいました。仲間とバンドを組んで、ギター&ボーカルとしてロックやレゲエもやって。とはいえ音楽一本で生活するのは難しく、アルバイトでレストランのホールやキッチンで働いたのが料理の世界との最初の接点です。30代が近づくにつれて、このまま音楽を続けていくことに行き詰まりを感じるようになり、違う道で一から出直すことを選択。長かったドレッドヘアを坊主に丸めて音楽にすっぱりと区切りをつけ、イタリア料理店で修業を始めたのが29歳のときです。

振り返ると、料理の道を選んだのは直感的なもので、「飲食店なら賄いも出るし食うには困らないだろう」という打算的な考えも多少ありました。それでも実際に料理の経験を重ねていくうちに、音楽では得られなかった手応えを実感できる場面が増えて、自分がやりたかったのはこれだったんだ!と思えたんです。その一つが、飲食店は人が集い語らう「団らんの場」を提供できる、ということ。僕はイタリア料理に軸足を置いていることもあり、イタリアの家族愛の強さに象徴されるような、食を介して人と人が結びつき融和しあう場をこの店で提供したいと思っています。同じテーブルを囲んでご飯を食べる、自分が作る料理で相手が喜び、それを見て自分もうれしくなる。そうした言わば人間の原初的な関係性こそ、僕が心の底から求めていたものだったと料理人になって気づきました。

フィルターを通して生まれる一皿

香りや味から呼び起こされる、遠い日の記憶や情景

もう一つ料理だからできることに、食べる人の遠い記憶を呼び覚ますことができる、というのがあります。中でも香りは記憶と結びつきやすくて、僕の場合はキンモクセイの匂いをかぐと子どもの頃の秋の運動会の光景が頭にぱっと浮かんでくる。つまり料理人は料理を通して目の前の人に、本人も忘れているような過去の懐かしい思い出を再体験させることができるわけです。一皿をきっかけに、記憶に眠っていた景色がよみがえったり、音が聞こえたり、当時の気持ちを鮮明に思い出したりと、いろんなフラッシュバックが起こり得る。そこに料理人の仕事の醍醐味があると感じます。

音楽のバックグラウンドは料理人としての今の僕に大きな影響をもたらしていて、その最たるものが、食べ物の味や香りを、音色に紐づけて捉える独自の感覚ですね。例えば「この味の風合いはセブンスコードの響きだな」とか「生のディルの香りはミュートしたピアノの中高音のイメージに重なるな」とか。音楽の経験も含めてこれまでの人生で見てきたもの、聴いてきたものなど、あらゆる情報が自分の中に細胞の数くらい蓄積されていて、今の感性のフィルターを通ってアウトプットとして出てくる。一皿一皿がその結実なんだと思います。

これから力を入れたいと考えているのが、「音楽を料理する」という試みです。例えばビートルズの1曲を題材に、音の世界からから汲み取ったものを料理として皿の上に表現する。クラシックの名曲でもいいし、耳になじんだ童謡でもいいですよね。料理を手段に、DJのような立ち位置で人を楽しませるイメージです。友人のイタリア人シェフと組んで実際に企画を進めていて、ライフワークとして息長く続けたいと思っています。

他ジャンルの人々とのコラボ

対話を通して自分の考えを再確認し、新たな発想を得るきっかけに

燕食堂では折々に音楽イベントをはじめとする多様な催しを開いています。コラボレーションのきっかけはいろいろで、お店のお客さんと話が弾んで「今度一緒に何かしましょう!」と盛り上がったり、僕が出かけた先で興味関心が似た人と意気投合したり、SNSを介して知り合ったりと、さまざまなジャンルの人たちとのつながりが広がっています。プロジェクトもいくつか進行中で、フラワーデザイナーの方とコラボした企画では、野草のブーケづくりと、僕が野草を使って作るヴィーガンランチを組み合わせた野外ワークショップを開催。ほかにもアートディレクターの友人と組んで、料理とお酒、さらにアートも交えた週末ワインバーを伊豆で開く計画も練っています。

こう話すと、根っからの社交的な人間のようですが、もとは真逆のタイプです。特に音楽活動をしていた頃は人を寄せ付けない雰囲気を発していた自覚があり、人付き合いは面倒とすら感じていました。今思えば臆病さの裏返しでしょうね。マインドがガラッと180度変わったのはコロナ禍がきっかけです。飲食業が大打撃を被る中でこの店も窮地に陥り、雇用を守り切れず自分の無力さを突き付けられました。旧来のやり方が通用しない現実を前に、店を継続するために何ができるのかもがき悩み続けた末に選んだのが、これまで自分が苦手だと思っていたことに正面から向きあうこと。つまり、いろいろな人に会って話を聞き、少しでも興味を引かれたらさらに深く関わりを持ち、人とのつながりを意識的に広げていくことでした。

人と積極的に交流するようになって、今まで自分がいかにもったいないことをしてきたかに気づきました。人と顔を合わせて語り合うからこそ、相手を反射して自分の考えを整理できるし、外部からもたらされる言葉で自分の意思がより明確になったりもする。そこから新しいアイデアもどんどん生まれる。コロナを経て飲食店の存在意義が問い直されている今、人との出会いがもたらすそうした確認作業は、燕食堂がどんな店でありたいのか、自分はどうなりたいのか、この先の指針を手に入れる上で欠かせないステップだと感じています。

いち動物としての感性

自然からのメッセージを
受け止められる自分でいたい

音楽から料理へと進む道を変え、そしてコロナを境に人との接し方やマインドも大きく変わり、節目ごとに新しい扉を開けてきた気がします。その一方で、子どもの頃から今に至るまで一貫して変わらないこともあって、それは、自分にとっての心のよりどころはいつも「自然」だということ。自然から学んだ生き方やルールのようなものが、自分の中に常に軸としてあります。

生まれ育った広島の呉は、海も山もすぐ身近にある環境でした。子どもの頃から親や先生とぶつかってばかりで、特に父親から「将来いい大学に入っていい企業に勤めろ」と言われ続けることに抵抗感があって。家にも学校にも居場所がなくて、息苦しさを感じるたびに逃げ込んだのが近くの山でした。ひとりで自然の中に身を置いていると、自分がいち動物としてその一端に溶け込んでいく感覚になるんです。それと同時に、親が敷いたレールに従って生きるのはやっぱりおかしいと疑問も膨らんでくる。人間が生きるとはどういうことなのかを自然が教えてくれる気がして、その時間が僕にとって救いでした。

孤独をいやしてくれたもう一つの存在がアートですね。まだ小学校にも入る前の5歳くらいのとき、家にあった画集で目にしたゴッホのひまわりに心を揺さぶられて涙が出たのを覚えています。のちにゴッホの生い立ちを知って、自分と同じようなものを背負って生きていた人がいたんだな、この違和感は僕だけじゃないんだな、と。高1でギターを始めて音楽にのめり込んでいったのも、根底には大人や社会への強い反発心があり、さらにその奥に言いようのない不安や恐怖のようなものが常に渦巻いていた気がします。

自然が教えてくれるたくさんのメッセージを、ちゃんと受け止められる自分でありたいという思いは今も変わっていません。それもあって今年、新たなチャレンジとして畑作りを始めました。縁あって知り合った方から千葉で長らく使われていなかった農地を借り、クワを持ち込んでゼロから開墾。興味がある人は誰でも参加歓迎のワークショップ形式で畑作りを進め、この夏に第一期の収穫を終えたところです。世話といっても半月に1度訪れて草むしりをする程度の放ったらかし農法。それでも自然はちゃんと応えてくれて、トウモロコシや枝豆、さやいんげん、オクラなどがたくさん収穫でき、滋味深いうまみをしみじみと味わいました。

畑作りのワークショップ名は「CIBO」。
千葉と、食を意味するイタリア語Ciboに由来

人の背を押す発信を

自然の中に見出す小さな幸せが、明日への希望になる

畑作りを通して自然にアプローチしていると季節の巡りを肌で感じます。土にまいた種から芽が出て、次第に大きく伸びて、葉が茂って実がなって。春先には竹林でタケノコが採れるし、夏には半野生化したブルーベリーが大量に実をつける。そこにあるのは植物の力強い生命力であり、喜びや希望なんですよね。そうした自然の声に耳を傾けて、ちゃんと聞き取ることができれば、意外と自分にはものすごい生命力があるんだと気づける。動物として一丁前に生きられる自分をつくることで、幸せというのはいろんなものから採取できるのだと僕は思います。

今の世の中は未来がより良くなるという希望を持ちにくく、ともすると先行きに不安ばかり募ってしまう。そんな毎日の中で、たまには日常を離れて自然に飛び込んで、畑作りに汗を流したりひたすら遊んだりして、ほんの少しでも自分を奮い起こすものに出会えたら、少なくとも今日を目いっぱい生きられるし、それができたらまた次の日にもつながっていく。畑作りをワークショップ形式にしているのも、自然から学ぶという体験をたくさんの人に味わってほしいという考えからです。

燕食堂で提供する料理や団らんの場、あるいは畑のワークショップを通して、訪れる皆さんが思い思いに心をほぐしたり整えたりしてもらえたらうれしいですね。さらに最近はSNSや動画配信など、言葉での発信を通しても人を勇気づけたり背中を押したりする手助けができたらと考えています。僕が自然の中で感じ取ってきたことや、そこから得た人間本来の幸せや充足というものを言葉にして共有することで、より多くの人と結びつきを広げていけたらと。僕自身、店の経営も含めて今も奮闘を続けている最中ですが、だからこそ自分は周りの人のために何ができるのか、自分の役目とは何なのかを考え、追求し続けたい。そうすることで立ち止まらず前に進んで行ける気がするんです。作る料理を通して、発する言葉を通して、生きることの味わい深さや豊かさを伝えられる料理人でありたいと思っています。

燕食堂

東京都新宿区市谷本村町2-33
ランチ(火・木):11:30~14:00
ディナー:18:00~22:00
定休日:土日・祝

クリエイティブコラボは、コラボレーショの力で新しいサービスや価値を創造していきます。
日本文化を次世代に継承するプロジェクトや、メタバース・NFTを活用した地域活性、アートと教育など、さまざまな企画を進行中。
一緒にコラボしたいクリエイター、企業の方、ぜひお気軽にエントリー&お問い合わせください。