INTERVIEW

一般社団法人 和のすてき 葉室 頼廣

1958年東京生まれ。小学校時代を京都で過ごし、中高大は学習院にて学ぶ。平安時代から続く葉室家は藤原北家勧修寺派の流れを汲み、現当主は38代目。日本の和の心を「ありがとう」という言葉を通じて伝えていきたいと、2018年より(社)和のすてきを立ち上げ活動している。

和の心は日本の根源。
「ありがとう」を通じて日本の素敵を
子どもたちに伝え残したい

  • #和の心
  • #ありがとう
  • #伝統
  • #文化
  • #葉室家
  • #浄住寺
  • #源氏物語
  • #紫式部
  • #藤原鎌足
  • #飛鳥時代
  • #コラボレーション

今から1000年以上前、平安中期に誕生した「源氏物語」。作者である紫式部は大河ドラマでも注目を集めています。葉室頼廣(はむろよりひろ)氏は藤原鎌足に連なる家系に生まれ育ち、紫式部の伴侶・藤原宣孝もご先祖の一人です。自然豊かな葉室山浄住寺(京都市西京区)にて、取り組みを支える思いやご先祖さまのこと、これからについてお話を聞きました。

「和のすてき」が生まれたきっかけ

LAのドクターが教えてくれた「感謝」の意味

「和のすてき」は、日本の素敵な和の文化や伝統、心の在り方をたくさんの方に届けたいと、2018年に立ち上げた一般社団法人です。僕が知りたい、見たい、聞いてみたいと思った方にお会いしてお話を伺ったり、催しを開いたり、和の心を体現されている様々なひと、もの、ことを僕自身の体験を通じて発信させていただいています。

活動のきっかけとなったのは、8年前に訪れたLAでの出来事です。その頃、父が運営していたヘルスケアビジネスに僕も携わっていて、視察のためにある心療内科クリニックを訪れました。ぱっと目に入ったのが、ドクターの後ろに大きく書かれた「感謝」の文字。なぜこの文字を飾っているのかドクターに尋ねると「アメリカ人は〇か×、イエスかノーのどちらしかない。日本人はその真ん中を大切にして、ありがとうと言う。日本人だから分かるでしょう」とおっしゃったんですね。

そのとき初めて、日本の大切なことをまったく知らないということに気がついた。正確には知らないということを知ったんです。当時、僕の叔父が奈良県・春日大社の宮司を務めていて神道は身近にあり、ありがたいことにお寺も歴史を重ねた葉室家の菩提寺がある。飛鳥時代にまで遡る家系の一人として日本のことを知らなければ、という思いが後に続く活動の起点となりました。

八百万(やおよろず)の日本

「感謝」と「当たり前」はぐるっと繋がっている

取り組みのスタートは、日本の文化を一つずつ知っていこうと、人生初の着物に挑戦しました。大阪の船場センタービルにある古着屋さんに出かけて、背丈の合う一番安い着物と羽織、帯を手に入れました。帰宅すると家人からは「どうしたの。お願いだから着物のまま外に出ないでね」と(笑)。以来ずっと着物で過ごしていますが、下腹を帯でぎゅっと締めると背筋がきゅんと伸びて気持ちがいい。日本人の自覚が芽生えたというか、それまで正座をすることもなかったので、着物を通じて所作が変わりました。

日本は古来から八百万(やおよろず)という自然や現象、ものなど、すべてに神が宿っているという考え方を持つ、世界的にも稀な民族です。現代の日本人はその素晴らしさをもう分からなくなっているのかもしれませんが、それでも正月は神社にお詣りに出かけたり、ひな祭りや端午の節句などカタチはまだ残っていて私たちのDNAに刻まれています。

LAで出会ったドクターが教えてくれたように、どんなことにも感謝するのが日本人の本分です。目には見えないものにも感謝し、腹が立つことがあってもそれは自分にとっての学びととらえ、ありがとうと言う。「ありがとう」の反対語は「当たり前」です。でも当たり前ほどすごいことはないんです。空気なんてそうでしょう。ですから感謝と当たり前は、ぐるっと繋がっていて全部一緒です。こういったことを昔の日本人は分かっていたのではないでしょうか。日本の大切なことに少しでも気づくきっかけにしていただければと、「ありがとう」を心の置き所にして活動しています。

葉室山浄住寺と葉室家

飛鳥時代まで遡るルーツ。紫式部の旦那さまもご先祖

今日は葉室山浄住寺に来ていますが、ここは810年に嵯峨天皇の勅願寺として創建されたと伝わる古いお寺で葉室家の菩提寺です。度々の兵火に遭い、現在の本堂は1697年に再建されました。葉室家は藤原北家勧修寺派(ふじわらほっけかじゅうじは)の支流で、藤原高藤(ふじわらのたかふじ)の後裔、参議を務めた藤原為房の二男・顕隆(あきたか)を家祖とします。朝廷に仕えた公家として、儒学と有職故実(※1)を家業としていました。

(※1)有職故実(ゆうそくこじつ):朝廷や公家、武家が行う古来からの行事・儀式・制度・習慣・官職・装束の先例やそれらを研究する学問

浄住寺は世界遺産 西芳寺(苔寺)にほど近い場所に位置。
見事な紅葉に包まれる秋には特別拝観も実施

家名は三代光頼が洛西葉室(京都市西京区山田)で営んだ別業(※2)にちなんでいます。これが1000年頃の話で、葉室家の現当主は38代目、藤原鎌足(614~659年)から数えると53代目となります。また、NHK大河ドラマ『光る君へ』は源氏物語の作者、紫式部が主人公ですが、その旦那さま、藤原宣孝(のぶたか)は僕のご先祖なのです。

(※2)別業:狩猟や花見などを行っていた古代貴族の別荘

「後嵯峨天皇が四方竹を四本束ねて切ってみるようにと葉室の祖先に申され、その切口が見事な菱形をしていたので葉室の家紋にとお言葉をいただいたと伝えられています」

子どものころに大好きだったのは、京都市の下鴨神社で宮司を務めていた祖父のもとに遊びに行くことでした。畳の部屋で、祖父が筆で書き物や絵を描くのを横でじっと見ている。その時間がたまらなく好きでしたね。僕の父は次男で一切、葉室家の話をしない人でした。正月の初詣さえ口にはしませんでしたし、リベラルな家庭だったと思います。ですから自分の家系について認識したのは小学6年生と遅かった。それもたまたま中学受験の際に試験官に言われたから。家に帰って早速父に問いましたね(笑)。

中学からは親元を離れて東京に行き、大学卒業後はテレビ番組の制作会社に入社しました。振り返ると、人から聞いたことをそのままではなく、自分で経験したい、知りたいという好奇心の強さは子どもの頃からあったような気がします。

取材場所となった方丈は、仙台藩主 伊達綱村が幼少期を
過ごした屋敷を寄進したもの。
通常は非公開となっている

未来の子どもたちのために

日本人の大切な根っこを伝え残したい

家系のお話は特別なことではなく、どの方にもご先祖はいらっしゃいます。ただ僕の場合、長い歴史の中で存在していた証がはっきりとしているということ。それ自体はとてもありがたいことと受け止め、ご先祖が守ってくださったお寺や遺してくださったものを通じて自分に何ができるのかといつも問うています。

26代当主葉室頼胤が元文4年(1739年)に記した
「葉室家略年譜」。浄住寺に大切に保管されている

四季が豊かな日本は海、山があり水も空気もきれいな国です。この10年くらいで1万数千年前の縄文時代から日本は素晴らしい文化を持っていたと言われるようになりました。太古からすべての存在に感謝し、争いよりも助け合ってどうぞと生きてきた、これが日本人の根っこだと感じています。聖徳太子の制定した十七条憲法に出てくる「和(やわらぎ)をもって尊(たっとう)しとなす」もそうですね。

今は時代が大きく変わり、スマホ一つですべてが分かるようになりアナログ的なものがどんどん排除されています。ライフスタイルを見ても、僕らの時代には3世代同居の家がまだありましたが、核家族化が進み一人でごはんを食べる子どももたくさんいます。それを仕方ないよね、で済ますのではなく、未来を担う子どもたちのためにも日本の大切なことを残し、伝えていきたい。子どもたちが自分の国に誇りをもてるよう、同じ思いを持つ方々と力を合わせて活動を広げていくことができればと思っています。

「京の西、豊かな自然に囲まれた浄住寺も、
誰かの心の癒しになればとても嬉しいですね」

熟練と若い世代が掛け算するモノづくり

見えないものがきっと多くの人を幸せにしていく

縦軸と横軸によく話を例えるのですが、道の世界は深く、深くという縦軸を持っていて、行き着く終わりがあるのか分からない世界。華道、武道、茶道、香道などその道を極めておられる方はたくさんいらっしゃいます。ですが、縦軸は人間だけではなく、例えば庭に咲く一輪のタンポポだってそう。ありのままの姿で美しさや可憐さを発し、決して見返りを求めない。人間も真似をしなきゃと感じますし、日常に息づいている様々な美しさを受け止められる人が増えれば、損得という〇×の世界から日本人が持っている元々の素晴らしい世界へ行けるのではと思います。

もう一つ大事なことが、一番身近で素敵な価値をもっているのは自分だということ。そこを見つめた先にあるのは、いのちです。60兆もの細胞一つひとつがいのちを支えてくれて、今を生きている。そのことに気がつくとすべての存在に価値があると思えますし、よしあしなんて不要、あらゆることに「ありがとう」となっていくのではないでしょうか。朝起きたら今日もありがたいな、寝るときにも今日はよかったなと、手を合わせて自分にありがとうと言う。手を合わせるとあたたかいエネルギーを感じるでしょう。こういうことがとても大切だと思います。

これからもご縁をいただいた方、場所に出かけて様々な縦軸に出会い、日本文化を知り体験するという横軸を広げ、伝えていきたいですね。日本の「すてき」に触れる度、感動と学びの連続で日本への興味は増すばかりです。今後手がけていきたいのは、日本のエルメスと言われるようなモノづくりです。海外のハイブランドは日本のモノづくりを数多く取り入れていますが、日本発信でその道何十年の熟練と若いクリエイターが一緒になって掛け算をしていくモノづくりをしていきたい。日本各地で消失しそうな伝統技術を守るということはもちろん、日本独自の文化や感性など大切な根っこはぶらさずにクリエイションすることで、化学反応が起きて次世代に手渡せるものが生まれるのではと思っています。モノありきではなく、そこに和の心がしっかりと入っているモノづくり。見えないものがきっと多くの人を幸せにしていくと信じています。

クリエイティブコラボは、コラボレーショの力で新しいサービスや価値を創造していきます。
日本文化を次世代に継承するプロジェクトや、メタバース・NFTを活用した地域活性、アートと教育など、さまざまな企画を進行中。
一緒にコラボしたいクリエイター、企業の方、ぜひお気軽にエントリー&お問い合わせください。