INTERVIEW

神勝寺 禅と庭のミュージアム 国際禅道場 執事武田 忠法 マネージャー富永 健太

武田和尚は広島市生まれ。京都建仁寺での修行を経て2016年より神勝寺に。坐禅道場・大徹堂(だいてつどう)などで禅の作法を指南している。
富永健太氏は熊本市生まれ。常石グループのせとうちクルーズが運航する客船での勤務を経て2023年より現職に。オペレーションの最適化や企画立案などを担当。

地域に愛され、人が集い、
町が発展するために――。
禅の世界を五感で体験できる
唯一無二の場を創造

  • #神勝寺 禅と庭のミュージアム
  • #禅
  • #アート
  • #庭園
  • #福山市
  • #伝統文化
  • #建仁寺
  • #コラボレーション

JR福山駅から車で約30分。禅と日本の伝統文化、アートを融合した『神勝寺 禅と庭のミュージアム』は瀬戸内海に突き出た半島の町、福山市沼隈町にあります。他に類を見ない広大な境内にはアートパビリオン≪洸庭≫や庭園、古建築などが美しく配置され、様々な禅の体験を提供。誕生の背景や禅のこと、地域への思いなど武田和尚と運営に携わる富永さんにお話を聞きました。

誕生の経緯

神勝寺、福山市をもっと知ってもらおう

『神勝寺 禅と庭のミュージアム』が誕生した経緯について教えてください。

武田『神勝寺 禅と庭のミュージアム』は、1965年に常石造船2代目社長だった神原秀夫氏(1916-1977年)が建立した神勝寺(臨済宗建仁寺派)が基盤となっています。神勝寺は禅と茶道を根本として国内外に広く門戸を開いた禅寺です。

なぜ企業がお寺を開いたかというと、大学時代を過ごした京都で神原秀夫氏は神勝寺の先代だった森大光和尚に出会い、学友になられるんですね。森大光和尚は建仁寺の修行道場(僧堂)に寄宿し大学に通っておられたので、神原秀夫氏もよく一緒に僧堂に出入りされていました。修行を間近で見て禅や仏教に興味を持ち、考えるところがおありになったのではないでしょうか。海運・造船運業を営む者として、海難事故に遭われた方の供養のためにお寺を建てたいと強く思うようになられたと聞いています。神原秀夫氏は沼隈町初代町長も務め、教育や福祉など様々な分野で地域貢献をされた方です。地域のためになることを常に考えておられたのではと感じています。

富永そうですね。地元の方に対して何ができるか、そういう思いが強かったと僕も聞いています。2016年にオープンした『神勝寺 禅と庭のミュージアム』も観光のお客様を招き、県外の方にも来ていただいて地域への波及効果を高めようという思いが起点になっています。神勝寺と福山市をもっと知ってもらおうと、名称は博物館や美術館など総合的な文化展示・提供の施設として、それを指す英語、”ミュージアム”を採用しました。建築物やアートに触れ自然を感じ、見て食べて歩いてくつろいでいるうちに、気づけば禅のエッセンスを吸収している――そんな体験ができる唯一無二の場所として誕生しました。

境内は約7万坪

庭園、現代アート、宿坊…禅の世界に触れられる多彩な施設

広大な境内では様々な体験ができるとお聞きします。特徴を教えてください。

武田一般的な禅寺よりは、一風変わっていますよね。一つのお寺でこれだけの規模の建物と庭園、体験を備えたものはないと思います。坐禅道場や写経、修行僧が食べる湯だめうどん、浴室、白隠禅師の墨蹟展示館など、いろいろなことを通じて禅の触りは感じていただけるのではと思います。

坐禅道場は一休さんも修業したといわれる鎌倉建長寺から
移築したもの。
坐禅をする場が四方に分かれた四方単は、
国内には数例しかない珍しい配置

富永境内は約7万坪で、様々な建物の間を縫うようにして庭園が配置されています。寺務所となっている「松堂(しょうどう)」は建築史家・建築家の藤森照信氏による設計で、山陽道から瀬戸内一帯を象徴する植物であり、禅のイメージに最も近い赤松を多用しています。屋根の手曲げ銅板は、地元をはじめ関西や関東からいらしたボランティアの方々に手伝っていただき、一つひとつ曲げて設置しました。よく見ると形が不揃いで味わいがあるんですよね。

「松堂(しょうどう)」では受付ほか、お土産やグッズ販売も。
自然と調和した佇まいが美しい

大きさと形が一際目を引く《洸庭》(こうてい)は、禅の世界を現代美術の領域から表現したアートパビリオンです。彫刻家の名和晃平氏が率いるクリエイティブ・プラットフォーム「Sandwich」による設計で、波に反射する光のインスタレーション作品を鑑賞できます。建物が舟型なのは神勝寺が開基した背景に由来するもので、最もこだわった点のひとつです。

《洸庭》Photo:Nobutada OMOTE

食事も修行僧の作法を同じように体験していただけますし、瞑想が好きな方であれば、オーディオガイドをスマホで読み込むと10分間のガイダンスを聴きながらセルフ坐禅を楽しんでいただくこともできます。1泊2日で禅体験ができる宿坊もあり、欧米のお客様には人気ですね。禅の世界を五感で体験できるこれだけの施設は、他にはないと思います。

己を知り、周りを知る

禅は経験。答えはいろんなものがあっていい

禅は海外でも注目を集めています。禅とはどのようなものでしょうか。

武田禅をわかりやすく表現すると、自分自身についての修行でしょうか。己を知り、周りを知る。周りとは人だけではなく世の中でもあり、この世界を知るということです。自分で感じて体得し花開かすものなので、同じことをやっても人それぞれ、色の付き方や咲き方は変わってきます。ですから人と違っていいし、間違っていたから駄目なのではなく、どこが違っていたか考えること自体が大切なんですね。自分で考え問答するなかで、あれやこれや削ぎ落したものが結局残りますから。答えを見つけるまでのプロセスが大切で、その答えが人とちょっとかけ離れていても、こういう考え方もあるよと。禅は経験、答えはいろんなものがあっていいんです。

富永ここで働くようになって一番心に響いたのは「おかげさま」という言葉です。禅の法話の中にもよく出てきます。気づきもたくさんあり、見えなかったものが見えるようになってきた感じはありますね。以前は俯瞰で物事を見る方がいいと分かっていてもなかなかできなくて。神勝寺の空気感や接する人のおかげなのか、一歩引いて見たり考えることが多くなり、人の意見を素直に聞き入れる余裕もできたなと思っています。他寺の僧侶の方や禅文化の講師、建築家、経営者の方など、神勝寺にいらっしゃる方達とのふれ合いも大きいですね。長年サービス業に携わってきたけれど、お客様のビジョンをお聞きしたり、こちらからもどういう思いでやっているのかということを語る機会はあまりなかったなと、気づくことができました。

武田坐禅やお経を読むだけが禅ではなく、すべての生活のなかに禅の考え方はあります。今あることをやる、目の前のことに集中する、というのは、それを最もよく表している言葉でしょう。ですから、庭をじっくりと見る、愛でるだけでも違います。鳥の声、葉の色、風の音など、そこには真理のようなものが見え隠れしていて、一つひとつに小さな感動があるはずです。あぁ、こういったことも禅なんだな、と感じていただければ嬉しいですね。白隠禅師の作品も同様です。変体仮名を読める方はそういないですから、絵だけを見ておもしろいので大丈夫。興味を持つことが禅の入り口になります。

白隠禅師は江戸中期の禅僧。200点を超えるコレクションは
国内有数の規模を誇る

社内外での施設利用

企業研修や閑散期に向けた
コラボプランも視野に

これだけの施設、一般のお客様以外にも利用シーンはあるのでしょうか。

富永『神勝寺 禅と庭のミュージアム』は一般のお客様はもちろん、企業様や団体様、社内での利用にも注力しています。少し変わったところでは、含空院(がんくういん)にテーブルをセットして、ケータリングでフレンチや懐石料理を禅体験とともに楽しんでいただくツアープランを実施しました。含空院は築約380年の茅葺きの古建築です。普段は茶房ですが、ここからの庭の眺めもまた格別で今後いろいろな利用シーンが考えられます。社内だと禅を取り入れた新入社員研修や茶道教室を開催したり、ツネイシブル―パイレーツ硬式野球部が坐禅を行ったり、グループ会社でよく利用されています。最近は企業様から社員研修の問い合わせも多くいただいていますし、閑散期に向けたコラボプランやイベントなど新しい企画を打ち出したいと思っています。

地域の方にももっと足を運んでいただくため、浴室をご利用いただく近隣市町村の方には拝観料無料を開始しました。また、ここは紅葉がとてもきれいで秋の夜間拝観を実施していますが、新緑の季節にも同様の取り組みができればと考えています。この他にも以前開催したイ草のワークショップが好評で、備後絣や下駄、尾道デニムなど、地元の名産品を見ていただく場づくりもいいのではと想像は膨らんでいます。

町づくりと革新

神勝寺誕生から受け継がれてきたスピリット

進化している神勝寺に貫かれている軸はどのようなものでしょうか。

富永やはり神勝寺が誕生したときから一貫して変わらないのは、「町づくり」だと思います。人を集めるために会社をつくり、発展させ、さらに雇用が生まれると町が活性化します。これは僕が以前勤務していた、せとうちクルーズの「ガンツウ」でも感じたことです。ガンツウは備後地方の方言で、瀬戸内海でとれる小さな青いイシガニのこと。漁師さんが網ですくったときにちょこっと入っている、出汁の美味しい地元で愛されているカニなんですね。このカニのように地域の顔として愛される船になりたい、それが結果観光誘致にもなる。尾道水道を航行する際に地元の方や観光客の方が手を振ってくださる姿は、今も目に焼き付いています。そうした思いはすべての事業に通底しているもので、神勝寺にも共通しています。

にこやかにご挨拶してくださった阿藻さんは
神勝寺に勤めて32年

含空院で供された和菓子はスタッフ宮沢さんの手づくり。
和菓子づくりに興味を持ち師匠から手ほどきを受け
1年でここまでに

もう一つは「革新」です。古くなったからそのまま朽ち果てていくのを待つのではなく、よりよいものとして新しく生まれ変わらせる。グループ会社の歴史的建築物や古いアパートの再生事業もそうですし、神勝寺にも年代を経た建物を移築再建したものがたくさんあります。そういった一つひとつが町おこし、地域創生につながっている。連綿と受け継がれてきたスピリットをここ『神勝寺 禅と庭のミュージアム』でもさらに広げ、地域の方にもっと喜んでいただける場にしていきたいと思います。

神勝寺 禅と庭のミュージアム

広島県福山市沼隈町上山南91
営業時間:9:00~17:00 (最終入場は16:30まで)
定休日:不定休

クリエイティブコラボは、コラボレーショの力で新しいサービスや価値を創造していきます。
日本文化を次世代に継承するプロジェクトや、メタバース・NFTを活用した地域活性、アートと教育など、さまざまな企画を進行中。
一緒にコラボしたいクリエイター、企業の方、ぜひお気軽にエントリー&お問い合わせください。