INTERVIEW

日本民藝館常務理事
杉山 享司

1957年静岡県生まれ。早稲田大学を卒業後、日本民藝館の学芸員となり、2008年からは学芸部長を務める。現在は日本民藝館 常務理事や日本民藝協会の理事として活動。専門は、民藝運動を中心とする近代工芸史、博物館学。著書に「もっと知りたい 柳宗悦と民藝運動」(東京美術)などがある。

美とは何か、本当に
大切なものは何か。
柳宗悦の旅が、
教えてくれること(後編)

  • #日本民藝館
  • #民藝
  • #民藝運動
  • #柳宗悦
  • #美
  • #仏教美学
  • #無心
  • #直観
  • #他力
  • #感性
  • #生き方
  • #河井寛次郎

柳宗悦(1889-1961)らが100年前に提唱し、始まった民藝運動。民藝とは、民衆的工藝を指す言葉ですが、柳らの活動は、そうした工藝品を紹介することにとどまりませんでした。職人たちの手仕事に柳が見出した「美」とは。民藝運動を通して伝えたかったこととは――。民藝や柳を長年にわたり研究してきた杉山享司氏に、柳宗悦の住まいだった日本民藝館西館でお話を聞きました。
前編はこちら

美とは無心の産物

普遍の世界、大いなる世界の存在を確かめる旅

無名の職人が作った日用の品が、なぜこうまで美しいのか。宗教哲学者である柳さんは、それを「信と美」の深い結びつきの結果であると考えました。美の本質を求めていくと、宗教的な真理の世界と根っこでつながっている――。柳さんが提唱し、生涯をかけて構築した「仏教美学」です。そして、美とは無心の産物である、と説きました。本当の美は、人間の分別によって作られるものではなく、無垢な心から自然に生まれでるものなのだと。この無心の美とのつながりで、柳さんは、民藝の美の本質には「他力」があると考えました。仏教用語で、人知を超えた目に見えない大きな力のことです。

他力によってものを生みだす、とはどういうことでしょうか。芸術表現を山にたとえると、山のいただきにある美の世界をめざして、自らが持つ天賦の才を発揮してのぼる人がいます。これが自力の道です。そしてもう1つが他力の道で、これは職人の世界ですね。毎日ひたすらに手を動かしてものを生みだしていると、いつしか人と会話をしながらでも自然に手が動くようになる。無心の状態で、他力によって山のいただきへとたどり着いているわけです。才能のあるなしではなく、何千、何万回と同じことを繰り返す、その鍛錬の先に訪れる世界です。だから他力というのは、ぼーっと待っていて来るものではないんですね。自力を尽くして初めてその境地に至ることができる。熟練の職人の手仕事が生みだす民藝品は、他力をも味方につけているから美しく、その美しさこそ美の本流ではないかと柳さんは説いたのです。

「美とは何か」、「美はどこから生まれてくるか」を問い続けた柳さんの人生は、「人とは何か」を求め続ける旅でもあったと感じます。朝鮮陶磁器や木喰仏、そして民藝品と、さまざまなものの美を確認する作業を通して、宗教的な真理に近づいていこうとした。普遍の世界、大いなる世界の存在を確認していく旅を、柳さんはずっと続けてきたのだと思います。

直観を働かせる

まっさらな目と心でものを見る。その繰り返しが大切

柳さんが残した数々の言葉の中で、私が特に好きな一つが「見テ 知リソ 知リテ ナ見ソ」です。見てから知りなさい、知ってから見るんじゃありませんよ、という意味ですね。この「見る」は「直観」のことだと柳さんはいいます。まっさらな目と心でものを見て、直観を働かせて感じとることが大切だと柳さんは伝えているのです。世間の評判や流行といった情報を先に知っていると、先入観に邪魔されて純粋に見ることは難しくなります。「見る力」は、「知る力」よりも本質に触れる働きを持っています。ですから、まずは見て、直観を働かせる。その繰り返しによって感性は磨かれ、感度は高まっていくのだと思います。

感性や感覚の良さというのは、ものを見たり味わったりするときだけでなく、実は仕事などのあらゆる場面で重要になると感じます。私は経営者の皆さんの前で話をする機会がありますが、聞くところによると、若手社員が「うちの社長はセンスがないな」と感じたら、それを理由にすぐに辞めてしまうケースも少なくないそうです。感性をそなえている、ものを見る目がある、というのは、経営者に限らず人として、周りの信頼や共感を得る上で大事なことなのだと改めて気づかされます。

民藝運動の創始者の一人、河井寛次郎さんは、ものを買うときに何を基準にすればよいかと娘さんに聞かれて、「誠実 健康 簡素 自由」と答えたそうです。誠実さがあり、健康健全であり、余分な装飾がなくシンプルで、そして主義主張にとらわれずいろんなものを受け入れる自由さがある。この4つは、民藝とは何かを端的に表しています。そして、ものだけでなく、人に求められる要素でもあるでしょう。美がわかる、とは「誠実 健康 簡素 自由」に共感できるということでもあり、そうした人たちの輪が広がることで、より暮らしやすい社会になっていくのではないかと私は思っています。

自分のものさしを持つ

問われているのは美だけでなく、生き方や価値観

ものを見る目や感性は、どうすれば磨かれるのか。そこに近道はなく、良いものをたくさん見るしかないのだと思います。私自身、日本民藝館で働き始めた当初は、何が美しいものなのか、よくわかっていませんでした。私は大学では日本史を専攻し、授業で日本の思想家について学ぶなかで柳さんと朝鮮との関係を知って関心を深めました。それで在学中から日本民藝館に通うようになり、縁あって卒業後に就職したという経緯があり、もともと美術分野が専門ではなかったんです。日本民藝館に入って間もない頃、民藝協会の大先輩に「どうすれば美しさがわかるようになりますか」と尋ねたことがあります。すると先輩は「君ね、せっかく民藝館にいるのだから、ここにある柳先生が美しいと思って選んだものをひたすらに見なさい」と助言をくれたのです。

それからは、わからないなりに一生懸命に見ました。毎朝の掃除をしながら、展示されているものをいろんな角度からじっくり観察する。すると少しずつ気づくんです。「このカーブが良くて柳さんは選んだのかな」「この色かな」「この模様かな」と。やがて、ものに目を向けた瞬間に、ものの方からふっとこちらに近づいてくるような感覚をおぼえるようになりました。これは、どんな職業にも通じることかもしれません。経験を重ねるなかで、理屈ではなく「ここが肝心だ」とわかる感覚や、対象との距離がふっと近づくような瞬間があるんじゃないでしょうか。そして、今まで1年かかって感じとっていたものを、一瞬で感じとれるようになってくる。それが、柳さんのいう直観ということなのでしょう。

日本民藝館の内観(玄関)(日本民藝館提供)

良いものをたくさん見るには、まず、何が良いものかを知る必要があります。幸い私にとっては、柳さんの審美眼によって蒐集された日本民藝館の所蔵品が、美のものさしになりました。自分のものさしを持つことは、ものを見るときだけでなく、人を見るときも、あるいは社会のさまざまな現象を見るときも、考えて判断する助けになります。美がわかるというのは、何が本当に大事なのか、本質を見極める価値判断の軸をしっかり持つということ。その意味で民藝は、美の問題であると同時に、生き方の問題であり、価値観の問題でもあるのです。

民藝とは

人間が失ってはならない大切なものを問い続ける

100年前に民藝という概念が生まれ、それぞれの地域の風土に根ざしたローカルな文化が見直されて、今に至ります。もし民藝運動がなかったら...と想像してみると、倉敷や松本、飛騨高山などの昔ながらの町並みは、戦後の高度成長期に失われていたかもしれません。柳さんの言葉に「古きを守るも開発なり」があります。古くても大事なものは意識して守っていこう、それも創りだすことなんだ、と言っているんですね。これも民藝の精神だと思います。柳さんたちが力を注いだ活動は各地に広がり、受け継がれ、そのおかげで歴史ある町並みは残ってきました。

科学技術や情報技術が進展した現在、人間が自分の手でものを作ることも、実際にどこかに行って何かを見て感動することも、かつてに比べて減っています。五感をはじめとする、人間が本来持っている生物的な機能がどんどん鈍ってきています。そんな現代にあって、この状況はかなりまずいぞ、と本能的に感じ始めた人が増えているからこそ、民藝がいま改めて注目されているのかもしれません。

民藝には、その地域に住む人々の暮らしの積み重ねが息づいています。そこに歴史があり、風土があり、自然の恵みがある。人間は本来、人と人、人ともの、人と自然のつながりの中で生きてきたのだ、ということを思い出させてくれます。そして日本に限らず、世界のどの国や地域にも、人々が生活するために生みだされた道具があり、暮らしと結びつく独自の色や形や用途があります。それぞれに違いはあっても、優劣は存在しません。文化を上下に見るのではなく、同じ仲間として横に見られる。それも民藝の良さだと思います。

人の生き方や社会のあり方を問い、私たちが失ってはならないものを確かめながら前に進んでいく。民藝の思想は、そうした形で時代を超えて受け継がれてきましたし、これからも生き続けていくでしょう。日本民藝館をはじめとする全国の民藝館に足を運んでいただき、民藝とは何かを、ご自身の目と心で感じとっていただきたいと願っています。

前編はこちら

HISTORY collabo ID ~ 応援メッセージ

日本民藝館

<本館>

開館時間

10:00~17:00(最終入館は16:30まで)

休館日

毎週月曜日(ただし祝日の場合は開館し翌日休館)
年末年始、陳列替え等に伴う臨時休館あり

<西館 旧柳宗悦邸>

開館日

第2・3水曜日、第2・3土曜日
年末年始、陳列替え等に伴う臨時休館あり

開館時間

10:00~16:30(最終入館は16:00まで)

入館料

一般 1,500円(1,300円)
大高生 800円(700円)

※( )は20名以上の団体
※団体見学をご希望の方は必ず事前にご予約ください。
※障がい者とその介護者1名は割引料金750円にて入館できます。手帳をご提示ください。
※中学生以下は無料です。

クリエイティブコラボは、コラボレーショの力で新しいサービスや価値を創造していきます。
日本文化を次世代に継承するプロジェクトや、メタバース・NFTを活用した地域活性、アートと教育など、さまざまな企画を進行中。
一緒にコラボしたいクリエイター、企業の方、ぜひお気軽にエントリー&お問い合わせください。